言葉で分かる文化

言葉で分かる文化

病院の休憩室での会話は仕事関係になることが多いのだが、今日は皆がリラックスしていて、色々な話題へと波及していった。

医者の一人が彼の子供のバイトの話を始めた。高校生の娘がファーストフード店でバイトを始めたらしい。バイトをしたい高校生は多く、校則で禁止されていることも無いので、ファーストフード店などの資格不要の仕事は競争率が高い。しかし、高校生たちが仕事を取り合いしているのは、同年代の高校生ではなく、資格不要の仕事を探している大人たちなのだ。

現地に在住している人たちの中でも資格や特別な技術を持たない大人は少なくない。さらに、移民者も海外では日本と比べ物にならないくらい多い。移民者は、その国での資格(qualification)がなければ、資格がいらない仕事をするしかないのだ。インド人の医者がタクシー運転手をするなどはよく聞く話だ。また、少し体や知能に障害があって高度な仕事をするのが難しい人なども、ファーストフード、スーパー、清掃業などの仕事を求めにくる。高校生はこういう大人を相手に、アルバイトの仕事を見つけてこなくてはならない。

ここで問題なのは、高校生ではなく、大人たちのほうだ。自分の力で生活をしていかなくてはならない大人たちは、自給の低い資格不要の仕事を掛け持ちしていたりする。低賃金で自分だけでなく子供や家族を養っていくには、働けるだけ働くしかないのだと思う。

こういう話になったときに split shift の話題が出た。シフトというのは勤務時間のことで、split shift と言うのはその名の通り、勤務時間が区切られているということだ。これはどういう勤務かと言うと、例えば飲食店。昼食と夕食の時間は忙しいのでアルバイトを雇う。だが、客の回転が良くない時間は店を閉めるというやつだ。雇用者側からすれば無駄な人件費を使わずに、忙しい時間だけ店を開けれて効率がいい。だが、雇われている側にとっては、不都合極まりない。働いていない時間は給料が出ない。しかし、昼食と夕食の間の時間と言えばせいぜい3時間程度。こんな短い期間で他の仕事ができるわけがない。最終的には丸一日仕事に当てているが、もらえる給料は5時間分だけ、などと言うことになる。

これは就労者にとって不利この上なく、労働組合が問題視し始め、体制が改正されているところもある。さて、この話を聞きながら私が思い出したのは、日本の看護3勤交代だった。日勤をした後、仮眠を取り深夜勤に入ると言うやつだ。もう20年以上も前だが、私は日本の激務病院に勤めていた。日勤は勤務時間が終了しても、仕事が終わらないと病院を出られなかった。忙しいときは、朝一から夜9時まで仕事が終わらないこともあった。帰宅時間がもったいないので、病院の仮眠室に入るが、救急車の音が気になって眠れない。ほとんど寝ずに、11時ごろ起きだし深夜勤に入る。

この当たり前のようにやっていた勤務の話をすると、先ほどの医者が笑いながら、”日本には、働きすぎで死ぬ、っていう単語があるんでしょ”と言った。過労死、の事だ。日本での過労死のニュースは海外でも話題になった。 そして英語にはそんな単語は無い。 文化の違いだね、と話していると、イギリス人のナースが一言、”ドイツ語には、食後の散歩、っていう単語があるんだよ。ドイツの方が日本より楽しそうだよね”。

休憩の後、ドイツ人の医者を見つけ、その単語を聞いてきた。verdauungsspaziergang という単語らしい。彼は digestive walk (消化のための散歩)と英訳していた。私はドイツ語はさっぱりだが、この単語は特別長いわけでもないらしい。

”働きすぎて死ぬ” と言う言葉を良く使う文化より、”食後の散歩”が日常的にできる文化の方が、良いに決まっている。しかし、日本にも素晴らしい文化はあるのだから、今後は仕事の合間にでも、日本の幸せな語彙を探していこうと思った。