Pros and cons 治療を決める権利は患者にある

Pros and cons 治療を決める権利は患者にある

医療者の義務は患者に治療を強制することではない。医療者は、今自分が持っている限りの知識と技術を持って、患者に治療を提案する。その治療の利点と欠点を説明し、患者が納得すれば、その治療を提供するのだ。

日本の病院で何度か医者の治療に疑問を投げかけ、いやな顔をされたことがある。初めは、私の聞き方が悪かったのかとか、質問の内容があまりにもバカなことだったのか、とか悩んだ。でも、実はバカな質問なんて無いのだ。その証拠に、本当に素晴らしい医者は、私の質問に対して丁寧に答えてくれる。

Pros and cons

この表現を聞かれた事はあるだろうか。一般的によく使われる。利点と欠点と言う意味だ。Pros が利点で cons が欠点。医療の世界ではよく使う言葉だ。それはすべての治療において pros and cons があるから。どの薬でも、副作用はあるのと同じだ。治療や薬の効力とリスクや副作用を説明し、最終的に患者に選んでもらう。まあ、ほとんどの患者は、医療者の説明に納得し、勧められた治療方針に従うことが多い。

Pros and cons はカジュアルな言い方だと思ってたが、結構フォーマルな会話、例えば学会発表とか、医療レポートみたいなのにも使われている。というか、私はガンガン使っているが、不謹慎に思われた事はなさそうな感じだ。

Pro の反対語は?

内容が変わるが、pro- が語頭につく言葉を聴くことがある。最近のニュースにでてくるのはpro-Hong Kong とかpro-Beijing 。この場合のpro- は-派と言う意味で使われているようだ。pro-Hong Kong は香港の民主主義を守ろうとしている人たちでpro-Beijing は北京派、要する中国本国の政治を支援する人たちの事になる。

正直中国の政治はあまり分からないが、pro- の反対語を考えたとき、ふとcon- が思い浮かんだ。ところが con-Beijing とか聞いた事が無い。ネイティブたちに尋ねると、どうやらここでの反対語は anti- になるらしい。だからpro-Hong Kong の人たちはanti-Beijing と言うことになるのだろう。

Anti はよく医療に使われる接頭語

再び頭を医療現場に戻して頂きたい。Anti は医療の世界でよく出てくる。漢字にすると抗(こう)と言う字になる。Antibiotics(抗生剤)、antibacterials (抗菌剤)、anticoagulants (抗血栓剤)など。ちなみに降圧剤は血圧を下げる薬で漢字では降圧と書くが、英語では、anti-hypertensives (抗高血圧剤 )となる。

Con の使い方は?

では、最初のpros and cons で出てきたcons はどうやって使うのか?Con はだまずと言う意味。例文としては、Slimming snacks that offer miraculous weight loss are a con. (魔法のように体重が減ると言うやせるおやつはペテンだ)。カジュアルに使われるらしい。私の周りにそんな人をだます人はいないので、私はあまり使わない表現だ。と思っているあたりで、だまされたたりして。。。

今日の重要ポイント

今日はいろんなところに話題が波及してしまったが、重要ポイントは患者に治療を受けるか受けないか決める権利があるというところ。そして、医療者は誠意を持ってできる限りの情報を患者に提供することだ。ここで忘れてはいけないのが、できる限りの情報を提供すると言うところだ。これは数分のミーティングで充分な説明ができるわけがない。

日本のニュースで、インフォームドコンセントがちゃんとできてなかったとか何とかで、訴訟問題になったりしているのを見たことがある。日本の医師たちがどれだけ多忙か知っているだけに、ゆっくりと家族と話す時間がなかったのだろうと予測できる。しかし、問題である事は確かだ。わたしは、こういった問題は、説明不足の医師個人の失態ではなく、マネージメント自体に問題があるのだと思っている。

(少し長めの) 余談だが、全く医療に関しては無知の私の父親に、早朝にある病院から電話がかかってきたことがあった。”ご友人の***さんに、今心臓マッサージをしているんですが、挿管しますか?” 父はさっぱり分からずに私に電話を渡した。あたりまえだろう。どうやら、この父の友人には家族がいなかったため、緊急連絡先が私の父になっていて、連絡が来たのだ。

友人は心筋梗塞を起こし、一旦は回復に向かったものの、心不全で血圧が保てなくなったらしい。病院側は心臓マッサージをはじめてしまったものの、呼吸器につなぐのであれば口から肺まで管を挿入する必要がある。この処置のことを挿管と言う。なんと、この人の生死に直結する処置をするかしないかの判断を一般人の父に電話で聞いてきたのだ。

大きな問題がここに2つある。ひとつは、明らかに説明も無く、重要な処置をするかしないかを一般人に聞いてきたこと。そして、もう1つは心不全で薬でも血圧が保てないのに、心臓マッサージなんかやって、しかも挿管の話まで出してきた事。

基本、心臓マッサージは有効な治療にたどり着くまで、一時的に心臓と脳に必要な血流を送るために行われるのだ。入院中で、投薬中でも無理なら、とても残念だが、彼の心臓にはもう生命維持の機能がなくなっていたと考えられる。それを無理やり心臓マッサージしても数分寿命が延びるだけだ。その数分間に肋骨が折れたかも知れない。静かに、誰かに手を握ってもらって最期の時を迎えるのがいいのか、いろんなところから管を突っ込まれ、心臓を無理やり押さえつけられながら死んでいくのがいいのか。常識で考えれば後者は、明らかに残虐だ。

患者の治療を決めると言う権利は重要だが、一般人では決めかねることもある。そこを手助けしながら、本当に患者に良いと思われる治療を患者や家族とともに決めていくのが本当の医療者ではないか。